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B2 アースフレンズ東京Z 特別インタビュー
輪島射矢「NBA選手を夢見て」(後編)

2020.3.26
輪島射矢

東京・大田区を中心とした城南エリアで活動するプロバスケットボールチーム・アースフレンズ東京Z(中地区6位 ※3/26現在 以下:東京Z)。ベンチャースピリットで大企業チームに挑み、その先に、世界で戦うことを目標と掲げている。そんなアースフレンズ東京Zには、単身アメリカに飛び込み、世界レベルを味わった選手がいる。ベンチでもつねに声を出し、仲間たちを鼓舞し続けるベテラン・輪島射矢(41・シューティングガード)だ。 前編では、NBA選手を夢みてアメリカの大学に進学したが、家族の事情で帰国することになった輪島。アメリカへの再挑戦、さらに東京Zにかける想いなどに迫ったインタビューの後編をおくる。(2019年4月に公開された記事を再編集したものです)
→前編はこちら

『念願のアメリカでの生活、しかし…。』

日本に帰ってからもプロになる為にアルバイトを4つ掛け持ち。朝から深夜まで働く生活を3ヶ月間続けた。「電車の中以外寝てないですね(笑)」。そのとき、たまたま新潟県にあるアップルスポーツカレッジの先生が輪島を見出し、特待生として入学が決まった。在学して2年目、アメリカに再びチャレンジしようと決意した輪島は、アメリカの独立リーグのチームに200通以上手紙を送り、返事が返ってきたチームのトライアウト受けるため、アメリカへ飛んだ。「1個くらい受かるだろうって思ってたんですよ。そしたら1個目のアトランタのチームで合格になって。その時は元NBAの選手や強い選手がいっぱいいたんですが、合格発表前に1人だけ呼ばれて『お前がいるチームが全部勝ってることに気づいてるか?おめでとう。お前とは契約する』って言われたんです。めちゃめちゃ嬉しかったですね。受ける予定だった残りのトライアウトはすべてキャンセル。ようやくNBAに向けてアメリカでのプロ生活が始まるはずだった。

「その後ビザの関係で帰国して、もう1回向こうに行ったら今度そのチームがなくなっていたんですよ。独立リーグだから個人で運営していて、金銭的にきつくなったら辞めちゃうんです。日本に帰った時に新聞で取り上げてもらったり、みんなに頑張れって言われていたのにどうしようと思って。自分の夢も崩れました」。しかしあきらめなかった。その時期にシーズン中のチームすべてに手紙を送り、返信が来たチームで一番近かったところに向かった。「トライアウトはできないからとりあえず試合に来てくれって言われて。その試合の場所が歩いて6時間だったんです。お金なかったから歩いて、6時間かけて行ったら、その話を聞いた監督がやべえやつだって騒ぎだして(笑)。僕のこと日本人だと知らなくて、イリヤって名前の響きでロシア人かと思ってたみたいで、日本人だったから本当は断るつもりだったらしいんです。でもその根性が認められて、練習に混ぜてもらえました。そこからはスタメンでも出場して、リーグの決勝まで行ったり、スリーポイントも1試合に11本の記録も持っていました」。

『日本でプロへ』

夢見た生活が始まったはずだったが、再び日本に戻ることに。「ホームシックにもなってしまって1回戻ろうと(笑)」。怪我もあり、リハビリをしながら1年を過ごすことになる。その後、栃木のD-RISEに入団、日本でのプロ選手生活がスタートした。始めは海外とのギャップに苦戦した。「日本人はチームみんなでやろうという感じ。アメリカの独立リーグでやっている人たちは、NBAに行きたい人ばっかりで個人プレーが多いんです」。日本のバスケットに慣れてきたときに、パスボラ山形ワイヴァンズへ移籍する。栃木、山形では教えることの楽しさに目覚める。「栃木ではスクール活動が盛んだったんですが、山形ではなくて、自分でスクール団体を立ち上げました。最初は2人から始まって口コミで広まって、最後は生徒が80人以上いました。そういうのがすごく好きで、未だに試合も見に来てくれます。嬉しいですよね。その子たちが頑張ってくれたら僕も誇りに思うし、その子たちがだらしないことしたら親御さんや先生とか僕が恥をかく。僕も同じように頑張ったら彼らは誇りに思うし、僕が中途半端なことすると『あの人の教え子だもんね』って言われる。彼らのためにも中途半端なことはしないです」。ファンとの熱い絆は健在だ。その後移籍した福島ファイヤーボンズ、新潟アルビレックスBBでもファンの方々に恵まれた。「みんな熱くて温かい。1回受けいれてくれて、仲間だと思ってくれたら、離れてもずっと守ってくれます。いまだにその時からのファンの人たちも見に来てくれます。そういうチームに巡り会えたことが僕の財産でもあります」。

輪島射矢

『チームのために。』

現在、東京Zではシューターとしてプレーしている。怪我の影響もありプレータイムはなかなかもらえていないが、「出た時の数分で結果を残さなきゃいけない」。だから「ベンチに居る時もずっとアップしています。自分の役割としては、コートに出たら周りにエネルギーを与えること。正確にシュートを決めることだと思っています」。輪島のスリーポイントの成功率は35パーセント近い数字を記録。「出たからにはチームのために何か残します。それがどんなに短い間だったとしても」。ベンチにいる時も、気持ちは変わらない。「ベンチで盛り上げることは意識しています。もちろん試合に出られないのは悔しいです。悔しくないような顔はしていますけど(笑)。チームを鼓舞することは僕なりの感謝の気持ちの表現だし、自分を保つための技術でもあるんです。ようやくコントロールする術を覚えてきたかな」。隠れたマイナスな気持ちは絶対にコート上では出さない。それがプロとしての輪島の覚悟だった。「今は特にそういうのは意識しています。東頭俊典ヘッドコーチ(※2020年現在)や育成部門の責任者である斎藤卓コーチ(※2020年現在)も気にかけてくれています。だからちゃんと返したいんです。僕に頑張って教えてくれた人に恩返しできないのは嫌なんです」。そして練習でも声は誰よりも出すようにしてる。「チームが勝つために自分ができる最大の努力で貢献しようと思ったんですよね」。

そんな輪島の原動力は「悔しさと憤り」。毎日悔しいと思う気持ちと、上に行きたいという向上心が輪島を強くする。「上手くなりたい。もっと上手くなりたい、それだけです。そしてNBAにたどり着けない自分への苛立ちや、自分がたどり着きたい場所があるのに進みきれていない自分への憤りですね。だからこそ、声を出すとか表情は出さないとか、そこに行くために自分をコントロールしています。目先のことだけ考えたら表情に出していいんですよね。でも試合に出てない中で成長できることはなんだろうって考えたらそこに繋がったんです」。

そして、輪島にはそれを支える大勢のファンがいる。「ファンの皆さんは、僕が倒れそうになるのを後ろで支えてくれる人達です。直接的に何か言ってくれた訳じゃないけれど、『輪島射矢という人間を見に来てよかった』と言ってもらいたいから、自分を律する理由ができました。それがなかったら崩れてたし、腐ってましたね。プロとしてチームが求めてくれてるから、そこにも恩返ししたいと思っています。それに向かう僕が後ろに倒れないための1番の受け皿として、ファンの人達がいるんです。ファンの人達に恥をかかせたくない。輪島射矢のファンというのが誇りだって思ってもらいたいです。僕が僕で、輪島射矢としていれるのはファンの人達のおかげなので、僕を僕でいさせてくれてありがとう」。ファン、教え子、家族、すべての人のために、輪島はさらなる高みを目指し続ける。

輪島射矢
情報提供:ウィルメディア編集部
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